対空標識

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの59回目。
(写真は54次隊のときのもの)

スカルブスネスでは、もう一つの任務があった。
それは対空標識の設置である。


南極の地図を作る際に必要となる目印を
地面に大きく描くのである。
その印は、上空からも見ても目立つように真っ白にペイントする。
ただしその前に、ペイントする地面を
真っ平にするという作業が待っている。


そもそも、平坦な場所などほとんどないので、
できるだけそれに近い場所を探し、
あとは、バレーボール大の石を探してひたすら敷き詰めていく。
一度に持てる石は1個か2個。
それを写真の奥辺りに見える場所から何度も往復して運ぶ。


その作業はなかなかのもので、
みんな半日は無言となる。
だがそれだけに、完成したときの達成感はひとしお。
当然のことだが、
翌日の朝は、腰やら背中やらあちらこちらが筋肉痛だ。

この大きさのものを3枚作って1組分となる。”… 続きを読む...

コケボウズの正体

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの58回目。
(写真は54次隊のときのもの)

いよいよ、コケボウズの採集に取りかかる。
すでに、ボートの上からはその姿が確認できていた。
水深は約4m〜6mほどだが、
水はガラスのように透き通っているので、
池の底まで手が届きそうな感じすらする。


思わず、防水カメラを投入して撮影。
これがコケボウズの姿だ。
池の底からタケノコのように
ニョキニョキと伸びているのがわかるだろうか。
横から見るとほぼ整った円錐形で、高さは30〜60cmくらい。


専用の機械を沈めてその一部を無事採集することができた。
なんと、このくらいの大きさにまで成長するのに
何百年かかっているらしい。
低温であること、貧栄養であること、
そして、氷で太陽光が届かないことなど
成長を困難にしている要素はたくさんありそうだ。


そんな中でも生きていこうとする
コケボウズの生命力はすごいものだと感心させられる。
顕微鏡モードで撮影した画像には、
驚くべき事実が映っていた。
ほんのわずかだが、新緑の芽のようなものがあったのだ。

私はこの一点の緑に
1年間に数mmしか伸びることができないというコケボウズの
生きている証を見た思いがした。

同時に、幸せに生きるということの価値は、
誰かより速く、何かができるとか、
誰かより遠くへ、到達することができるとか、
そういうことではないような気がした。

澄んだ池の底でコケボウズは、
力強く、それでいて無理をせず、
目立たなくとも、胸を張り、
置かれた場所で、周囲に微笑んでいた。

それが、謎の生物コケボウズの正体だった。

“… 続きを読む...

ゴムボート作戦

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの57回目。
(写真は54次隊のときのもの)


その頃、対岸では二人乗りのゴムボートの
組み立てが始まっていた。
まさか、池に浮かべて漕ぐのか?
と思った方も多いと思うが、
その、まさか、である。
ボートでなければならないわけは主に2つある。


一つは、今回の最大の目的である
コケボウズを採集するため。
この写真の装置を
池の中央から底にむかってまっすぐに沈め、
コケボウズをキャッチして
再び引き上げるという作戦だ。


もう一つは、もしかしたらこの池に
他にもまだ見つかっていないような小さな生物が
いるかもしれないという知的好奇心を確かめるため。
ボートにネットをくくりつけて、
あとはそれを引っ張りながら
縦横無尽に漕いで、漕いで、また漕ぐ、という作戦だ。

その時間、なんと2時間。
この池に向かった6名の隊員が
20分交代でボートに乗船した。
途中、あるトラブルもあり、
さらに1時間ほど追加となったのも今ではいい思い出か。

それだけしても、
あいにくプランクトンネットの網にかかるような生物は
視認できなかった。”… 続きを読む...

コケボウズの住む池

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの56回目。
(写真は54次隊のときのもの)

スカルブスネスにはたくさんの池がある。
その池の底には、謎の生物が住んでいることがわかっている。
その名もコケボウズ。


この日、私たちはその池を目指した。
背中の背負子にそれぞれ15〜20kgの機材をくくりつけ、
片道約2時間の山を登ったところにその池はあった。
ここまでずっと見える景色はさほど変わらなかったが、
不思議と、いつまで見ていても
飽きることがなかった。


池に到着するとさっそく池の周辺に沿って歩いてみる。
中に足を踏み入れることができそうな浅瀬を見つけると、
ひとまずそこから土壌を採取することになった。
ちょうと真正面には、あのシェッゲの姿があった。
こうして離れて見てみると、
その切り立った様子が一段とよくわかった。


池の水はとても澄んでいた。
浅瀬はもちろん、深いところでも
底までしっかり見えてプールのようだった。
しかし、そのことはこの池が極度の貧栄養であることを物語っている。
生物にとっては生きにくい環境だということは
誰の目にも明らかだった。

それでも、もしかしたら
バクテリアとかマイクロプランクトンの仲間がいるかもしれない、
と期待しつつ、生物チームのリーダーが
静かに採集を始めた。”… 続きを読む...

スカルブスネス

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの54回目。
(写真は54次隊のときのもの)

今回の野外行動は、スカルブスネスという場所へ行ってみたい。


スカルブスネスにはきざはし浜観測拠点というのがある。
周囲は入り組んだ湾に囲まれていて、
天候が穏やかな日は、
どこかのどかな湖畔にやってきたかと思うような場所。
一日中、作業は続くが、
地球とずっと向き合っているという感じが好きだった。


小屋の目の前にはこの絶景。
海面からほぼ垂直に立ち上がる400mの断崖絶壁が
黄金色に輝いているのだ。
その山はシェッゲと呼ばれている。
一瞬、一日中吹いている風が収まり波立たなくなると、
とたんに海面は鏡となって、その勇姿を映し出すことがある。


これから、ここスカルブスネスはきざはし浜に
キャンプを張っていくつかの調査に出かけることになっている。
その一つが、謎の生物「コケボウズ」の採集。
池の底に住むというそれは、
私たちの目の前に姿を現してくれるのか。
幸い、明日の天候は快晴のようだ。”… 続きを読む...

おにぎりの力

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの53回目。
(写真は54次隊のときのもの)

ここ数回は、昭和基地での様子をバーチャル同行してきたが、
そろそろ再び野外に出る頃になってきた。
地圏グループや生物グループにとって
昭和基地で過ごすのは限られた時だけで、
野外にある観測拠点で活動することがどうしても多くなる。

そろそろ、もう一つの野外観測拠点に行ってみたいと思う。

だがその前に、ちょっと準備することがある。
それは、夕飯の残りのごはんでおにぎりをたくさんこしらえること。


一旦野外に出ると、
3〜4日戻らないことはよくあること。
食事はどうしてもレトルト系が多くなる。
おいしい炊きたてごはんはしばらくおあずけとなるので、
出発の前日には、こうしてみんなでおにぎりを準備する。
これが、意外にも野外では元気のエネルギーになる。

特に、野外初日は、居住の立ち上げや物資搬入などで煩雑になるので、
おにぎりたちの存在はとても助かるのだ。

そういえば、
ヤンキースで活躍した松井秀喜選手は
試合前にはよくおにぎりを口にしていたという。
好物はおかかと梅だったとか。

また、ソチオリンピックに出場する田畑選手は、
実家で作っているお米を試合前に食べて力にするのだと
いつかのインタビューで語っていた。

観測隊員たちも、みんな
お米を炊いて握ったおにぎりが大好きなのである。

このおにぎり作り、
どうやら55次隊でも、欠かせないみたい。”… 続きを読む...

スチールコンテナの中身

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの52回目。
(写真は54次隊のときのもの)

前回に引き続き、
昭和基地のようすをバーチャル同行。
55次隊のみなさんも今頃は昭和基地で夏作業に汗を流していることだろう。


たとえば、こういうのも夏作業の一つ。
越冬物資をひとつひとつ基地に運び込むのだ。
写真からみてこの日の作業の中身は、食料品だったようだ。
段ボールはいつものように「バケツリレー」スタイルで運搬。
時折、こうして流れが止まることもあるが、
それがつかの間の休憩時間となる。


何しろ運び込む量ははんぱじゃない、ほら。
スチールコンテナの山、山、山。
このコンテナの中に、隊員たちが一年間で消費する食料が入っている。
その一つ一つを取り出しては、所定の場所にまた格納していく。
こんな作業をしながら思う。
人間って自分の体の何倍もの食事をとるんだな、と。

55次隊では、しらせが積み込んできた全ての荷物の搬入を終えたという。
53次、54次と連続して、しらせが接岸断念を余儀なくされていたので、
船の上で日本と南極を3往復したものもあることを思うと、
運搬完了はとても意味深い。
運び込まれた物資のおかげで、観測活動や設営作業が急ピッチで進むだろう。

運び込まれたあとの隊員たちの作業は一段と大変になるが、
隊長の指示のもと、安全に完遂されることと確信している。”… 続きを読む...

休日の過ごし方

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの51回目。
(写真は54次隊のときのもの)

久々に昭和基地に戻ったので、今回は、
昭和基地での休日日課のようすをバーチャル同行してみたい。


この日は、休日日課ということで魚釣りに出かけた。
(休日日課といっても、午前にはいつもの作業があったが。)
まずは、「釣り道具」をスノーモービルに積んで
目的の場所まで走る。
積み込んだ「釣り道具」の大半は、
海氷に穴をあけるための大型のドリルだ。
あとは釣り竿数本とえさ少々。


周囲を四角の形に掘った後、ドリルで穴を開けていく。
足下から澄んだ水がわき出てくるが、これはまだ海水ではない。
氷の間からしみ出てくる、いわばわき水だ。
もとをたどれば、この水、
海面から蒸発し、雪や氷となって堆積したものが
再び水となって厚い氷の中から無限にわき出てくる超・軟水だ。


このあたりの氷の厚さは、約4メートル。
途中、ドリルの長さがたりなくなると、
こうして一旦引き上げて、ドリルを継ぎ足し、
再びドリルで穴をあけていく。
こうしたことを4回くりかえしたところで
ようやく海水まで達した。


この時点で、すでに達成感はかなりあったのだが、
本当の目的はこれ。
さっそく釣り竿とえさを準備する。
釣り方は簡単で、糸をず〜っと垂らしていって、
底についたら少しずつ引き上げる、それだけ。
あとは、おめあてのショウワギスが食らいつくのを気長に待つ。
“… 続きを読む...

昭和基地の郵便局

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの50回目。
(写真は54次隊のときのもの)

野外での活動から久々に昭和基地に戻る。

今回は、その昭和基地内の様子を
バーチャル同行してみたい。


これは町でよく見るおなじみのマーク。
だが、この写真はまぎれもなく昭和基地内のもの。
そう、昭和基地には郵便局があるのだ。
ただし、ここに郵便物が毎日届けられるわけではもちろんない。
ここから郵便物が毎日配達されるわけでもない。

では、ここでは何をしているのか。

実は、「しらせ」が日本を出港するとき、
日本からたくさんのはがきを預かってくる。
その数、数千枚。
そのはがきは、ここ昭和基地郵便局にしっかりと届けられるのだ。

昭和基地で活動する隊員たちも、
時折、ここに来てはがきを投函することができる。
私も、学校の子供たちから預かってきたはがきを
ここにあるポストに投函した。

集まったはがきは、
昭和基地郵便局の局長を命ぜられた隊員が
一枚一枚心を込めて消印を押す。
そして、再びしらせがそれらを日本へと送り届けるのだ。

一年に1往復しかしない特別の郵便。
とてもゆっくりとした特別の郵便。
往復約3万km、地球を3/4周分を旅する特別の郵便。
そんな夢のような郵便局が、
ここ昭和基地内にあるのである。

きっと、今年も55次隊のみなさんに
自分のはがきを託した人もいるだろう。
今頃、そのはがきは、
ここ、昭和基地郵便局の中に届いていることだろう。
それが、4月に手元に戻ってくるのが楽しみだ。

“… 続きを読む...

白夜の黄昏の中で

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの49回目。
(写真は54次隊のときのもの)

夕食後からみんなで取り組んだ作業は、
いよいよ終盤にさしかかった。


作業の合間に、時折遠くを見つめてみる。
周囲には、真っ白に凍り付いた海面がただ見えるだけ。。。。。
そんな中で、7人の隊員が
小さな建造物を必死で組み立てている。
そう思うと、自分の存在の小ささを思い知ったと言うよりは
むしろ、「ぼくはここにいる」という存在を強く実感した。


無理かと思われたサイズ違いのパネルの取り付けは、
枠組みに加工を加えることですこぶる順調に進んだ。
「サンダーで切り込みを入れる」というあの作戦は、
どうにもできないようなことでも、どうにかしてしまった。
「やってみなはれ」という第一次西堀越冬隊長の声が、
すぐ近くで聞こえたような気がした。


そのせいか、この最終局面で隊員たちの気持ちはさらに引き締まった。
最後まで、決して気をぬくことなく、
丈夫で、かつ美しくなるようにと
その仕上がり具合にはこだわった。
今度ここに隊員たちがやってくるまで、がんばれよ。
そう心でつぶやいていた。


夜の11:00過ぎ、ついに作業は完了した。
白夜の南極の黄昏の中で、
私たちは大きな歓喜と
何とも言えない充実感に包まれていた。
山を降りる前に仲間と撮影したこのワンショットは
私の心の中に永遠に焼き付けられた。
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