フラッシュバック

昨日の「落雷」による放電を、
やはり「節電」しなくてよかったと、
心から思えた今日。

同時に、
数十年前の自分の
ハイスクールの記憶が
フラッシュバック。

その日、
受験を間近に控えた我ら高3生は、
全校集会で講堂に集められていた。
壇上には、いつもより厳しい表情の校長先生の姿。
そこから聞こえてきた言葉に、
一瞬、誰もが耳を疑った。

「君たちは、本校始まって以来の『不作』。。。
 本校の伝統にふさわしい結果を残せるとは思えない。。。
 もしも、それをこえるようなことがあったとしたら、
 みんなの前で謝罪する。」
(注:正確にはどう表現されたか定かではないが。)

短い集会を終え、
教室に戻って、
みんなと交わしたやりとりには、
動揺とも、
怒りとも、
開き直りともとれる空気が流れていた。

間もなく、
受験シーズンに突入し、
それぞれが自分の進路に向かっていくこととなる。
結果、
母校の伝統に泥をぬるようなことには
なんとかならなかった。
(のではないかと思っている。)

あの日、
あの集会での、
あの言葉のことは、
受験を終えてもなお、
しばらく我らの記憶の片隅に残っていた。

今日、
数十年ぶりに、
その記憶がフラッシュバックした。

そのスイッチとなったのは、
今日の2の1のみんなの
極めて主体的で、
一丸となった姿にほかならない。

昨日の
落雷とともに宣言した言葉を、
今日は、
喜んで撤回させてもらった。

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黄色い宝石

この日、栄養教諭の計らいで、
給食の食材になるトウモロコシの
皮むき体験が実現した。

みんなの机をグループの体型にし、
新聞紙を広げ、
トウモロコシの到着を首を長くして待った。
そこに、山積みになったトウモロコシが到着!
みんなのボルテージは一気に上昇した。

栄養教諭 「今日は、給食の“お仕事”をお願いします。
      お手伝いではありませんよ。全校のみんなのための
      大切なお仕事。心を込めてしてくださいね。」
みんな  「は〜い♡」

目の前にあるのは、
いつも見慣れているトウモロコシとはちょっと違っていた。
皮がついているのだ。
それをみんなは、
手際良く、そして、やさしい手つきで
1枚1枚むいていった。
やがて、中からいつものトウモロコシの姿が現れた。
子どもたちは次々と歓声を上げた。

子 「トウモロコシがぴっかぴか光っているよ、ほら!」
子 「お母さんの宝石みたいだ、これ。。。」
子 「どうしたらこんなきれいなのができるのかなあ」

短い言葉だが、感性が響いている言葉だった。
短い時間の体験だったが、濃密な時間だった。

この日の給食は、みんな、
真っ先にトウモロコシに
かぶりついていた。

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くじ引き大会

とあることがきっかけで始まった
2の1くじ引き大会。

つぎつぎと、
くじ引き大会を企画する仲間たちの輪が広がり、
今や、順番待ちの人気となっている。

くじ引き大会とは、
文字通り、全員が一つずつくじを引いて
大当たり、当たりが出たら、
それに応じた景品がもらえるというもの。
景品は、もちろん手作り。
例えば、
大当たりは、金紙のキラキラの折り鶴で、1〜2枚程度入っている。
当たりは、色紙のやっこだこなどの作品で、7〜8枚程度という具合。
はずれでも、空くじなし、というところも
なんともほほえましい。

このくじ引き大会。
準備や企画はなかなか大変!
なはずである。

くじを40枚作り、
そこに、大当たり、当たり、はずれのマークを書き込み、
ちょうどよいくじ引き箱を細工し、
景品を40枚もこしらえるからだ。

なのに、
これを企画する仲間たちが
どんどん増えている。

この裏には、
「みんなに喜んでもらいたい」
「何かの役にたちたい」
という心の作用が働いているようだ。

そんな気持ちになれるのも、
実は、
そのくじ引き大会を楽しんでくれる
仲間たちの姿があるからこそ。

つまり、
相互作用のたまものなのだろう。

当たっても、
はずれても、
わくわく、どきどきする2の1くじ引き大会。
みんなは、
景品の豪華さなんかではない
真の楽しさをちゃんと見極めている。…
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