南極の気あらし(vol.81)

スカルブスネスきざはし浜滞在3日目。
夜8:30過ぎ、きざはし浜に異変が起きた。
きざはし浜に雲か霧のようなものが押し寄せてきたのだ。

きざはし浜は、内湾のようになっている入り江の中にある。
その入り江の向こうがわには凍り付いた南大洋が広がっている。
いつもなら、この静かな入り江の海氷を眺めて心が休まる思いをしているのだが。。。

それが、今日ばかりは様子が違った。
夜8:00頃から、いつもに増して冷たい風が吹き始めていた。
テントを行き来するのも思わず足早になるくらい冷たい空気だった。
今日はずいぶん冷えるな、と思いながら外を歩いていると、
同じくテントの外にいた他の隊員が
「なんだか入り江の向こう側がすごいことになっている」と教えてくれた。
そう言われて一緒にその方向を眺めた。
すると、これまで見たこともないような
雲か霧のようなものが海氷から立ち上がっているではないか。
一見、地元富山湾で見られる「気あらし」のようではあるが、
ただ、それがドライアイスのようにもくもくとわきあがり
こちらに向かって勢いよく押し寄せてくるの様は初めて見る光景だ。
まるで、映画のセットの特撮映像を見ているような
そんな現象が目の前で起こっていた。

本当に、地球というところは、
ぼくらの知らない表情をいくつももっているものだ。

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スカルブスネス仏池で見たもの、聞いたもの(vol.80)

スカルブスネスきざはし浜滞在2日目。
朝7:45、きざはし浜の小屋を出発して、仏池を目指す。
仏池までは、およそ1時間半の行程。そのほとんどが岩場の上り坂。
FA隊員の案内のもと、観測器具を背負子にくくりつけながら連なって歩く様は、
夏の北アルプス登山のよう。

そうしてたどり着いたのが仏池。
あの「コケボウズ」でおなじみの方も多いだろう。
やはり池の水はどこまでも透き通っていた。
ボートにのって水の上から水中をのぞくと、
底にはコケボウズが生きているのがよくわかった。
極貧とも言える貧栄養の池の中で、
彼らはどのように成長をとげてきたのだろうかと不思議に思う。

今日はもう一つ、どんな図鑑にも載っていないような
とてもファンタスティックな現象に出会う。

なぜか、仏池の周りでは、
カラン、コロン、カラン、コロン、
コロコロ、カラカラ、コロコロ、カラカラ、という音が響いていたのである。
あまりにも美しい音色なので、その音をたどってみた。
するとそれは池の上に浮く直径4〜5mの氷の固まりから聞こえてきていた。
近づいてよく観察してみると、それはただの氷の固まりではなかった。
長さ30〜40cmほどのつららのように垂れ下がる棒状の氷が
それはそれは無数に束になっていて、一つの氷の固まりになっていたのだ。
霜柱の巨大化したもの、と言ったらよいだろうか。

それが、時折、風や水面の波動によってバラバラになって散っていく。
その時、そのつららたちは互いにぶつかり合って、
カラン、コロン、カラン、コロン、
コロコロ、カラカラ、コロコロ、カラカラ、という音を出していたのだった。
その音色をあえて例えるならば、
純度の高い備長炭をたたいたときに響くあの乾いた感じの音、
あるいは、氷でできた木琴(氷琴)があるとすればあんな音だろうという音。
とにかく、初めて聞く音なので、例えようがない。

さらに圧巻だったのは、
一度、その氷柱の束が崩れると、それが合図となって
いっきに何百本、何千本もの氷柱が崩れて、一方向に流れ出すのである。
その様たるや、まるで生き物のようだった。

いつ、どんな自然条件であのような“巨大霜柱”が形成され、
いつ、どんなタイミングで崩れ始めるのか。
それは、どんな図鑑にも載っていない不思議な光景だったが、
そこに、たまたま自分たちが居合わせたのは、それも自然のいたずらか。

あの世界最大級の霜柱の動き出す音が、
私が聞いた4つ目の南極の音となった。

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スカルブスネスきざはし浜で聞いた音(vol.79)

今日から再び、野外行動に出る。
今回はスカルブスネスきざはし浜。
前回のラングホブデ雪鳥沢と同様、露岩帯の南極。
ここには観測隊の小屋があり、その前には海氷が浮かぶ浜がある。
小屋のすぐ裏手には親子池と呼ばれる大小2つの池があり、
遠くにはシェッゲという高さ400mの大絶壁がそびえている。

テントを張り終えたあと、小屋の裏手に続く沢を歩く。
氷河の解け水が流れてきたのか、そこは扇状地のようになっていた。(写真)
足下を見るとペンギンたちの足跡があちこちに残っている。
周囲を見回すと、真っ平らな地面に突然巨岩が現れたり、
何か強力な力でねじ曲げられたような奇岩や、
ぱっくりと大きな穴がくりぬかれたようになっている変岩があったりする。

そうこうしているうちに、ふと、あることに気づく。
自然の音以外、まったく音がしないのだ。
歩くときの自分の足音か、防寒具が触れ合う音以外
何も聞こえてこないのである。
だから、自分が立ち止まると、聞こえるのは自然の音だけ。

そんな中、山と山の間の谷筋にさしかかった。(写真後方の谷筋)
そこで、ひときわ大きな音で響く、ある不思議な音と遭遇した。
グオーン、オーン、オン。。。
おや?何の音だ?
キュイーン、イーン、イン。。。
あれ?どこから聞こえてくるの?
同行の隊員と二人顔を見合わせ、自分たちの耳を疑った。
しかし、確かに聞こえてくる。
グオーン、オーン、オン。。。
キュイーン、イーン、イン。。。
その不思議な音は、写真左手の滑らかな山の斜面の上の方から聞こえてくる。

しばらくして、斜面を見上げながらその隊員が言った。
「風の音だ」
南極特有の大陸から吹き付ける風が、
ちょうどこの谷を滑るように走り抜け、
山の斜面のわずかな凹凸によって風切り音が生まれているようなのだ。
グオーン、オーン、オン。。。
キュイーン、イーン、イン。。。
まるでジェット機が頭上を通過するときのような音が、この谷に響いていた。

もっとはっきり聞いてみようと、二人で山の斜面に近づいてみたが、
不思議なことに、そこでは、もうその音は聞くことができなかった。

あそこは、まさに風の谷。
あの風の谷の音が、私が聞いた3つ目の南極の音となった。

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一つ一つ解決(VOL.77)

南極での活動は、
入念に計画され、十分に準備を重ね、慎重に慎重を重ねて実行される。
しかし、それでも、
どれもスムーズに進むわけではないということが最近わかってきた。

ラングホブデ雪鳥沢で目覚めたこの日、
朝一番で、測地系の機材の保守作業を行うため、
測地点のある岩場の頂上へ向かった。
まず最初の問題は、データ回収などの一連の作業を終えた時に出てきた。
太陽光パネルの取り替え作業中、気にかかる部品に出くわしたのだ。
慎重に慎重を期すために、他の数カ所の部分も全て調べてみる。
いつかまた調べに来る、というわけにはいかないのだ。
結果的には他の部分については異常はなかった。
ただ、時間は通常の何倍もかかった。

次に出てきたのは、ボルトの大きさが合わないという問題だった。
いろんなサイズがそろっている便利屋さんが近くにあるわけではない。
工具の調達のために、他部門の隊員とトランシーバーで連絡を取り合い、
なんとか使えそうなものがありそうだったので、
一旦、岩の山をおりて、その工具を受け取り、また山を登った。
結果的にはその工具でなんとか調整して問題を乗り越えた。
ただ、時間は通常の何倍もかかった。

すると今度は
既存のステーと今回持ち込んだパネルとが合わないということがわかった。
でも、合わないからといってあきらめるわけにはいかない。
古いステーを再利用する、番線で止める、新しい穴をあけるなど様々な案が出たが、
どれもうまくいかなかったり、実現性が低かったりした。
そんなとき、越冬経験のあるベテラン隊員が心配して岩山の上まで登ってきてくれた。
相談しているうちにかなり有効な発想が生まれた。
もう夕方になっていた。
解決の見通しが出てきたので、
夕食をとってから再びチャレンジしようと一旦、岩山を下りる。
午後8時半過ぎ、再び岩山の頂上を目指した。
電動の工具を使うため、今度は発電機も背負った。
この時はグループのみんなが岩山の頂上を目指して歩いた。
頂上で作業行程を共有し、慎重に取り組んだ。
その結果、見事、問題を解決することができた。
ただ、時間は通常の何倍もかかった。

ただ、時間は通常の何倍もかかったが、
7人の表情には、笑顔と達成感があふれていた。

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ラングホブデ雪鳥沢(VOL.76)

昭和基地に近い露岩帯に
ラングホブデというところがある。
中でも、雪鳥沢と呼ばれる一帯は、
南極特別保護地区に指定されている。
そこに2泊3日の行程で出かける。

雪鳥沢は、南極大陸に数%ある露岩帯のひとつ。
夏は、氷が解けた水が清らかに流れる沢がある。
雪鳥という真っ白い小さな鳥が多く生息している。
露岩にはコケ類や地衣類なども力強く生きている。
彼らは雪鳥たちのフンや死骸などから出てくる成分と、
夏の間のわずかな太陽の光を栄養源としているようだ。

ここ南極で比較的生態系が発達していることから
その植生変化を監視するために
長期的モニタリングを継続しているところである。


ここに立つと、
自分も生態系の一部なのだと感じることがある。
同時に、
自分はこの自然の中のどこに位置づけばよいのかわからなくなることがある。
大陸の氷が解けて水になり、
沢になって海へと注ぎ、
海洋へとつながり再び氷となる。
この一連の流れの中のどこにも自分が位置づくことはない。

自分たち人間はどこへ行き、何を目指しているのか。
長期的モニタリングをされているのは
むしろ、私たちの方。”… 続きを読む...

フェニックス(vol.75)

ものごとには失敗はつきもの。
というか、
そもそも完全なる失敗なんてあるのだろうか。
失敗は必ず何かをもたらしてくれるものである。
今日はその思いを強くした。

あるグループで、今日、大気観測系の実験が行われた。
個人的にずっと楽しみにしていた実験で、
しらせの船内にいるときからその隊員には
「ぜひ見させて下さい」とお願いしていた。
(実験の詳細はまた後日)

昨日の夕食時、
「天気さえよければ、明日、やります」と教えてくれた。
今日、さっそくその現場へ向かった。
準備時間約90分の後、いよいよ、実験開始。
ところが、
思ったように機械が反応せず、
肝心のマシンはヘリコプターによって回収されることとなった。

実験はそこで一旦終わったが、
私はなぜか、
その回収シーンまで見届けたい気持ちだった。
回収さえできれば、また次のチャンスがあるように思えた。

ヘリポートにその姿が戻ってくるまでには
そう時間はかからなかった。
マシンのダメージもそう大きくはなさそうだった。
考えようによっては、このマシンは、
自らのエマージェンシー状態を正常に関知し、防御行動をとっていたのだ。

正常なところと、そうでないところがあるのなら、
問題点は何かがより浮き彫りになってくる。
それを解決して、また次にチャレンジする。
それが研究の楽しさだろう。

いや、それは何も研究だけに限らない。
「生きていく」とはそういうことの連続なんだ。

ちなみに、このマシンは
フェニックス(不死鳥)号と名付けられている。

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大気をつかまえる(vol.74)

上空30kmの大気をつかまえて、とじこめて、切り離して、回収する。
こんなとてつもないプロジェクトが先日実行された。

この日に向けてスタッフたちは、
国内にいるうちから作業手順を確認する実施訓練を積み、
こちらに来てからは機材をチェックし、
天候の条件が整うのを待った。

いよいよ様々な条件が整って実験することが決まった。
スタッフの緊張感がこちらにも伝わってきた。
チームリーダーの穏やかな目が、みんなを冷静にさせた。
準備に約90分が過ぎる。
いよいよ大きな気球がふくらみ、TAKE OFF。
気球はどんどん上昇していった。

と、ここまでは全行程の10%ほどにしか過ぎない。
なぜなら、大切なのはこの気球ではなく、
その下に取り付けられた気体回収装置の方だからだ。
この装置は、目的の高度まで達すると、
一瞬のうちに周囲の気体をサンプリングしたり、
液体窒素で閉じこめてしまったりすることができるという。

と、ここまでが全行程の50%ほどだろうか。
今度は、その容器を本体から切り離して落下させなければならないのだ。
最後はヘリコプターでそれを捜索して場所を見つけ出し、回収するという計画だ。

素人目には、それはまるで、
広い広いゴルフ場で小さなボールを1個みつけるようなものだと思ってしまいそうなのだが、
そうことを南極昭和基地では真剣にやっているのだ。

この観測実験は2回行われ、なんと、2個とも回収に成功した。
綿密な計画と正確な予測には脱帽。

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南極大陸からの初月の出(vol.73)

かつて、
「初月の出を見に行こう」という理科の単元を組んだことがある。
「初月の出」とは1月1日に初めて昇る月のこと。
もちろん造語である。

一年で最初の月が、
いつ、どの方角から、どんな形で昇ってくるかを考えることは
子供たちにとってわくわくすることではないかと考えたのである。

月や星の単元は、
子供の継続観察や追究意識の醸成が難しい単元の一つで、
それをなんとかしたいという一念だった。

あの年は、ちょうど1月1日が満月の日で(あるいはその前後が満月)、
東の立山連峰の稜線から昇ってきた見事な月を
冬休み中にも関わらず観察しにきてくれた
数名の子供たちとともに眺めたのを思い出す。

あれから約15年が過ぎた今、私は、
1月1日に南極大陸から昇る月を眺めていた。
形は、あの時と同じとまではいかないが、ほぼ満月。

一年で最初の月が、
いつ、どの方角から、どんな形で昇ってくるのか、
もう子供ではない大人の自分が
わくわくしながら予想し考えてしまっていた。
気がつくと、
大陸と月が両方見られるような場所を
真剣になって探していた。

2013年1月1日午後11:00頃、
大陸の地平線(?)氷平線(?)から昇る月を
しっかりとまぶたに焼き付けた。

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