足跡をたどる旅(vol.89)

今日から2泊3日の予定で
ラングホブデ袋浦へ野外活動に向かう。

袋浦といえば、ペンギンのルッカリーがあることで知られている。
ここに1ヶ月以上滞在し、
ずっとペンギンを調査している3人のチームがいる。

合流してから、間もなく
ペンギンのひなの個体数チェックや体重測定などを行う。
どのひなも前回測定した4〜5日前から
300g〜800g程度体重が増えていて、
その成長ぶりに驚きつつも、順調な成育に安心する。

作業を終えて、ペンギン隊の一人からとても魅力的な提案が持ち上がる。
ペンギンに取り付けていたGPSのデータを地図に落としたので、
実際にペンギンが歩いた道のりをぼくらもたどってみよう、というのである。

子育て中のペンギンは、
つがいのうちの片方が巣を離れて餌を海まで取りに行く。
約1日後、餌を蓄えた親鳥が巣にもどると、
今度は、もう片方の親が海まで餌を取りに行くという。
時には、高い山を越えて、ひとつ向こう側の海まで出かけているそう。

さっそく、ペンギンの足跡をたどる旅が始まった。
出発してしばらくすると、そこには足跡がしっかり残っていた。
さらに進むと、こんどはフンのあともあった。
確かにこのルートを通って餌場まで行っているのだな、と思い一人にやにや。

歩き始めて30分くらいたっただろうか、私たちは岩場の斜面を登っていた。
大人でもえいっと力を込めて踏み上がるような段差が続く。
本当にペンギンはこんな険しい道を”通勤”しているのかな?とふと疑問に思う。

と、その時、
向こうからペンギンがこちらに歩いて来るではないか。
ぴょこぴょこと体をゆらし、やや足早で歩いているように見える。

私たちは、スムーズにすれ違えるよう、
道を空けながらペンギンが通り過ぎるのを待った。
ペンギンの方も、私たちのことを興味深く見つめていた。
そして時折、立ち止まったり、
こちらの方に近づいてきたりしながら、
ようやく、私たちの前を通り過ぎていった。

それから間もなく、
また別のペンギンとも遭遇した。
やはり、このルートは、
一部のペンギンたちの”通勤路”になっているようだ。
それにしても、こんな岩場をあんな小さな体で、よく歩くものだと感心する。

こうして、約3時間後、再びスタート地点へと戻ってきた。
あとで、GPSのデータをパソコン画面でよく見せてもらって分かったことだが、
ペンギンたちは、目的の場所まで、
ほぼ一直線の最短ルートを通っていたのである。
また、岩山の中のもっとも高低差の少なそうな谷間筋を歩いていたのである。
さらに、そのルートは、個体間によって違いはあるものの、
毎回同じルートを行ったり来たりしていたのだ。
いったいペンギンの体のどこに、そんなコンパスがあるのか。
野生の動物たちの計り知れない能力を思い知らされた。

そんなペンギンの足跡をたどる旅だった。

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スカーレンサウンド(vol.88)

スカーレン滞在の目的はいくつかあるが
その一つは、インフラサウンド計の設置。
人の耳には聞こえないような周波数の音を感じ取る装置だそうだ。
その装置とその他の地震計などの測定結果とをクロスさせることで、
より正確な観測をしようという試みらしい。

小高い山の上に、計器を設置する場所が決まり、
太陽光パネルや電源の接続が終わると、
そこからが私たちの出番となる。
岩にアンカーでしっかりと固定し、
空気の振動を感じるホースを8方向に30mずつ伸ばし、
それをソフトボール大くらいの石で固定していくのだ。
石を運んで積んでいくのはもちろん一人一人の手作業。
手分けして作業をするが、1日でできるのは、一人あたりせいぜい30mのホース1〜2本分。
みんな、数時間は無心、無言で、
ひたすら下を向いて、石を運んでは積んだ。
時折、目を上に向けると
遠くには荒々しい氷瀑とむき出しの露岩が
屏風のようにそびえているのが見える。
その手前で、小さな人間たちが、ごそごそとやっている光景がなんとも言えない。

そんな作業を終えて、3日間滞在したスカーレンから昭和基地に戻ると
先に日帰りで戻っていた隊員があるビデオを見せてくれた。
「スカーレンで氷が崩れる音、聞きました?」
「そんなの、聞こえたんですか?」
「ちょうどカメラを回し始めて、1分もしないうちに、すごい音がして。。。」

すぐにビデオ視聴となった。
「ゴーゴゴー」
地響きというか、雷というか、
低くて、どことなく乾いた音が確かに聞こえる。
そばにいた隊員たちの驚いた声も録音されていて臨場感がある。

さて、私たちが設置してきたインフラサウンド計は、
あの時、何かを感知しただろうか。
いや、あのときは、まだ設置する前だったかな。。。残念。

しかし、何もあわてることはない。
氷ができて、流れて、崩れて。。。。。
そんな循環を何百年、何千年と続けてきた南極のことだから。

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自然の前では(vol.83)

野外から戻ってくると、すでに
南極地域観測統合推進本部から
「厚い氷の影響により、昭和基地近くへの接岸が厳しく」
との発表。【共同通信】

隊員たちと一部の物資は
一足早くヘリコプターで昭和基地入りし
様々な観測や設営を進め、
1000トン以上の食料や燃料、観測物資などは
できるだけ昭和基地に近いところまで
しらせで運んでもらい
そこから荷揚げするのが
観測隊の常套作戦。

そんな人間たちの思い通りにならないのが
自然の営みである。
誰の責任でもなければ、
誰かのメンツがつぶれるということもない。

それが南極というところ、ただそれだけなんだ。

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