個室

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの66回目。
(写真は54次隊のときのもの)

第54次越冬隊と第55次夏隊をのせたしらせは、
順調に北上していることと思う。

バーチャル同行としては、
ここから帰路のしらせの様子を記していくところなのだが、
第54次越冬隊と第55次隊が過ごした昭和基地のことについて
もう少し、バーチャル同行してみたい。


越冬隊が1年以上も過ごした昭和基地には、
一人一室分の個室がある。
と言っても、ベッドとデスクと棚とクローゼットが
備え付けられている以外、余計なスペースはない。
ただ、夏期間の同宿状態からみれば
多少プライベートが確保される点は大きい。


この家具の配置は、各部屋で微妙に違いがある。
また、1階の住人になるか2階の住人になるか、
そのあたりも好みがあるのかもしれない。
まあ、もともと狭い研究室で寝泊まりしたり、
1年の多くを自分のフィールドとする野外で過ごしたり、
強い風や雨や日差しの中で長時間行動したり、
土やほこりや汗にまみれたり、
そんなことをもろともしない
面々ばかりなんだけれども。

私は越冬隊ではなかったから、
この管理棟にいられたのはほんのわずか。
ただ、昭和基地の管理棟の中にいるだけで、
いつも私は、観測隊の歴史と先人の思いを
感じることができるようなそんな気がしていた。
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もう一つの観測隊の姿

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの65回目。
(写真は54次隊のときのもの)

第54次越冬隊と
第55次夏隊は、
2月10日までに全員がしらせに戻ったようだ。
今後は、約40日の航海を経て、
オーストラリアまで戻ってくることになる。


一人、また一人と昭和基地を離れていく隊員。
課された使命と抱いたロマンを胸に秘め、
がむしゃらに過ごした日々。
ヘリポートでは、そんな毎日を
互いにたたえ合う姿が
あちこちに見られた。


ふと目をやると、ずっと向こうから
このいでたちでこちらに向かって歩いてくる隊員がいた。
54次隊最年長となる越冬隊員だ。
彼は、ともに汗を流す若いチームメンバーたちへの
リスペクトを常に忘れない方だったが、
この最後のお別れの日も、やはりそうだった。

いつの間に準備をしていたのか、
背中から長いのぼりをはためかせ
さっそうと歩いてくるではないか。
その全身に最高の敬意が表れていた。


また、設営系の隊員たちのお別れの仕方もさすがだった。
いつもの青い愛車のトラックを何台も連ねて
ヘリポートにやってきたのである。
もはやそこに、どんな言葉も必要なかった。
それだけで、言いたいことはすべてわかったような気がした。
しらせに戻るまでの間には、そんなもう一つの観測隊の姿がある。

おそらく、今頃は
しらせの中にも、
昭和基地の中にも、
何かぽっかりと穴の開いたような
そんな残像があるのではないだろうか。”… 続きを読む...

越冬交代

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの64回目。
(写真は54次隊のときのもの)

去る2月1日、
第54次越冬隊と第55次越冬隊は、
昭和基地の管理運営を交代した。

我ら54次隊の越冬隊員のみなさん、
本当にお疲れ様でした。
まだ、残務はあると思いますが、
とりあえず大任を終えられ
ほっとしておられることでしょう。


思えば1年前の2月1日。。。。。
天気は快晴で、昭和基地前の19広場では、
越冬交代セレモニーの準備が着々と進められていた。
1年以上も苦楽をともにしてきた53次隊の越冬隊員のみなさんにとっては
万感迫るものがあったに違いない。


準備が整うと、53次、54次の越冬隊員たちが互いに向かい合って整列する。
私たち夏隊はその周囲で儀式を見守る。
厳粛な空気の中、それぞれの越冬隊長がご挨拶をされた後、
場所を入れ替えて越冬交代が宣言。
この時の両越冬隊長の振る舞いがとても印象的。

まず、53次の越冬隊長は、
隊員一人一人にプレゼントを手渡していた。
どうやらそれは隊員の特徴や性格を全て知り尽くした隊長ならではのもので、
その隊員にぴったりくるようなものだったようだ。
プレゼントが受け渡されるたびに、
53次越冬隊員たちから笑いやうなづきが聞こえてきたのはそのせいだろう。
しかも、なんと手作り。
芸術的なセンスと巧みな技能を兼ね備えておられた。

次に、54次の越冬隊長は、
隊員一人一人の氏名を心を込めて呼名した。
なんと、名字も名前もフルネームで、
もちろん、メモなどいっさい見ずに、
すらすらと呼び上げたのである。
はじめのうちは、みんな静かに聞いていたが、
20名をこえた辺りから、周囲にどよめきが聞こえ始めた。
(もしかして、隊長、下の名前までみんな覚えてるのか)
みんながそのことに気づき始めたのだ。
最後の1名が呼ばれると、大きな拍手が巻き起こった。

私は、隊長の大きな愛を感じずにはいられなかった。
そして、この家族のような越冬隊員たちを
うらやましく思った。


その後は、しばらく歓談が続く。
53次の越冬隊員たちは
やはり安堵の表情に満ちていた。
54次の越冬隊員たちは
こんなときでも引き継ぎのことで頭がいっぱいのようだった。


しばらくすると、さっそくしらせに帰艦する越冬隊員たちの見送りが始まった。
今回は54次越冬隊員たちが見送られる番だ。
今頃は、すでにヘリでしらせに戻っておられることだろう。
2月1日から順にフライトし、
今日、2月8日までにはほとんどの隊員が昭和基地を離れるらしい。

55次隊の越冬隊のみなさん、
昭和基地をよろしくお願いします。”… 続きを読む...

パンジーエリア

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの62回目。
(写真は54次隊のときのもの)

今頃はきっと、
第54次越冬隊のみなさんの活動、および、
第55次夏隊のみなさんの活動の集大成となるものが、
昭和基地のあちこちで見られることだろう。

このバーチャル同行シリーズも
そろそろ終盤だ。

バーチャル同行では今、
野外観測から昭和基地に戻ってきているところ。
もう少し、昭和基地での活動をみていきたい。


こちらは1000本のアンテナを立てるという
pnasy計画が繰り広げられている一帯。
完成したエリアから順次運用を開始しデータを取り始めている。
ここまで作り上げるのに、約3年の月日がかかっている。
ほぼ人力で築きあげられたとは思えないほどの精巧さと美しさだ。


第54次隊でこのpansy計画の中心を担ったのはこのメンバー。
みんな、ちょっとお疲れの様子がにじむ表情だ。
それもそのはず。
来る日も来る日も、このエリアに通い詰め、
冷たい風に1日中吹き付けられながら作業をするのだ。


エリアに到着すると、
それぞれ持ち場に散っていく。
今日は○○エリア、明日は○○エリアと区切りながら進めていくのだが、
もともとのエリアの広さに比べて人員は最小限で行っているので
一人あたりの守備範囲はかなりのものとなる。

もちろん、その作業内容も多岐にわたる。”… 続きを読む...

南極授業

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの61回目。
(写真は54次隊のときのもの)

2月に入った。
第54次越冬隊のみなさんは
昭和基地での長い越冬生活に別れを告げ
少しずつしらせに帰還しているころだと思う。

何はともあれ、
みなさまの任務の完遂と、
無事に大役を果たされたことに
大きな敬意の念が沸いてくる。

ただ、南極授業は
ここからが本番を迎える時期でもある。


授業はその日、その時だけで創り上げられるわけではない。
まず、当然のことだが、授業者は授業を練り上げる。
これは孤独な作業である。
自分と向き合い、
子供の思考と向き合い、
そして、南極そのものと向き合う。
そうして、素材が教材になる瞬間が訪れるのを待つ。


自分の中に授業が描かれると、
今度はそれを、授業クルーの仲間たちと共有する。
綿密な打ち合わせによって、
授業の意図や流れや雰囲気みたいなものを
互いに理解していくのである。
それぞれの持ち場では
確認作業のリハーサルが何度も繰り返される。


リハーサルは、予定されている時間のほかに
こうして夕食後に自主的に集まって行われることもある。
光の当たり具合やモニターの視認性などをチェックし、
不具合があれば、いろんなアイデアで解決を試みる。
授業クルーは、ここに集まっているメンバーの他に、
屋内にもスタジオクルーがいて、そちらも
カメラワークやスイッチングの確認に余念がない。

一つの授業は、
膨大な時間の積み重ねと
数多くのメンバーのあくなき向上心の
総体の上になりたっているのだが、
そういう中で授業を創り上げることができる幸せを
私はここでかみしめていた。”… 続きを読む...

石の庭園

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの60回目。
(写真は54次隊のときのもの)

スカルブスネスの露岩帯を
私たちはまるで砂漠の中にいるかのように
何時間も歩き続けた。


視界をさえぎる物は何もないので、
広大が土地がいっぺんに目に映る。
そのせいで距離感がかなり麻痺してしまうのか、
遠近感がつかめなくなるような錯覚を私たちは何度も味わった。
近くに見えても、本当はかなり遠くのものだったりするのだ。
そんな中、私たちはとても不思議な光景に出くわした。


あるピークを登り切ったその先にあったのは、
それまでの坂道からは想像もつかないような
平坦な地形だった。
しかも、あちこちに大きな岩がごろごろしている。
いつか宇宙人がここにやってきて、
わざと並べていったとしか思えないような不自然な光景だった。

いつからか、ここを南極観測隊員は「石の庭園」と呼んでいるのだと、
その時、教えてもらった。
南極は、ほんとうに不思議で魅力的なところだ。
“… 続きを読む...

対空標識

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの59回目。
(写真は54次隊のときのもの)

スカルブスネスでは、もう一つの任務があった。
それは対空標識の設置である。


南極の地図を作る際に必要となる目印を
地面に大きく描くのである。
その印は、上空からも見ても目立つように真っ白にペイントする。
ただしその前に、ペイントする地面を
真っ平にするという作業が待っている。


そもそも、平坦な場所などほとんどないので、
できるだけそれに近い場所を探し、
あとは、バレーボール大の石を探してひたすら敷き詰めていく。
一度に持てる石は1個か2個。
それを写真の奥辺りに見える場所から何度も往復して運ぶ。


その作業はなかなかのもので、
みんな半日は無言となる。
だがそれだけに、完成したときの達成感はひとしお。
当然のことだが、
翌日の朝は、腰やら背中やらあちらこちらが筋肉痛だ。

この大きさのものを3枚作って1組分となる。”… 続きを読む...

コケボウズの正体

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの58回目。
(写真は54次隊のときのもの)

いよいよ、コケボウズの採集に取りかかる。
すでに、ボートの上からはその姿が確認できていた。
水深は約4m〜6mほどだが、
水はガラスのように透き通っているので、
池の底まで手が届きそうな感じすらする。


思わず、防水カメラを投入して撮影。
これがコケボウズの姿だ。
池の底からタケノコのように
ニョキニョキと伸びているのがわかるだろうか。
横から見るとほぼ整った円錐形で、高さは30〜60cmくらい。


専用の機械を沈めてその一部を無事採集することができた。
なんと、このくらいの大きさにまで成長するのに
何百年かかっているらしい。
低温であること、貧栄養であること、
そして、氷で太陽光が届かないことなど
成長を困難にしている要素はたくさんありそうだ。


そんな中でも生きていこうとする
コケボウズの生命力はすごいものだと感心させられる。
顕微鏡モードで撮影した画像には、
驚くべき事実が映っていた。
ほんのわずかだが、新緑の芽のようなものがあったのだ。

私はこの一点の緑に
1年間に数mmしか伸びることができないというコケボウズの
生きている証を見た思いがした。

同時に、幸せに生きるということの価値は、
誰かより速く、何かができるとか、
誰かより遠くへ、到達することができるとか、
そういうことではないような気がした。

澄んだ池の底でコケボウズは、
力強く、それでいて無理をせず、
目立たなくとも、胸を張り、
置かれた場所で、周囲に微笑んでいた。

それが、謎の生物コケボウズの正体だった。

“… 続きを読む...

ゴムボート作戦

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの57回目。
(写真は54次隊のときのもの)


その頃、対岸では二人乗りのゴムボートの
組み立てが始まっていた。
まさか、池に浮かべて漕ぐのか?
と思った方も多いと思うが、
その、まさか、である。
ボートでなければならないわけは主に2つある。


一つは、今回の最大の目的である
コケボウズを採集するため。
この写真の装置を
池の中央から底にむかってまっすぐに沈め、
コケボウズをキャッチして
再び引き上げるという作戦だ。


もう一つは、もしかしたらこの池に
他にもまだ見つかっていないような小さな生物が
いるかもしれないという知的好奇心を確かめるため。
ボートにネットをくくりつけて、
あとはそれを引っ張りながら
縦横無尽に漕いで、漕いで、また漕ぐ、という作戦だ。

その時間、なんと2時間。
この池に向かった6名の隊員が
20分交代でボートに乗船した。
途中、あるトラブルもあり、
さらに1時間ほど追加となったのも今ではいい思い出か。

それだけしても、
あいにくプランクトンネットの網にかかるような生物は
視認できなかった。”… 続きを読む...

コケボウズの住む池

第55次隊の南極観測活動に合わせた
バーチャル同行シリーズの56回目。
(写真は54次隊のときのもの)

スカルブスネスにはたくさんの池がある。
その池の底には、謎の生物が住んでいることがわかっている。
その名もコケボウズ。


この日、私たちはその池を目指した。
背中の背負子にそれぞれ15〜20kgの機材をくくりつけ、
片道約2時間の山を登ったところにその池はあった。
ここまでずっと見える景色はさほど変わらなかったが、
不思議と、いつまで見ていても
飽きることがなかった。


池に到着するとさっそく池の周辺に沿って歩いてみる。
中に足を踏み入れることができそうな浅瀬を見つけると、
ひとまずそこから土壌を採取することになった。
ちょうと真正面には、あのシェッゲの姿があった。
こうして離れて見てみると、
その切り立った様子が一段とよくわかった。


池の水はとても澄んでいた。
浅瀬はもちろん、深いところでも
底までしっかり見えてプールのようだった。
しかし、そのことはこの池が極度の貧栄養であることを物語っている。
生物にとっては生きにくい環境だということは
誰の目にも明らかだった。

それでも、もしかしたら
バクテリアとかマイクロプランクトンの仲間がいるかもしれない、
と期待しつつ、生物チームのリーダーが
静かに採集を始めた。”… 続きを読む...