定着氷縁離脱(vol.118)
しらせは、氷でびっしりと固まった定着氷縁を離脱した。
久しぶりに、海水面を見たという感じ。
これでラミングすることもない。
離脱の直前、ちょうど海を眺めに出た。
おそらくこういう景色はあとわずか、
もしかしたら、あと数時間かもしれない、
いや、あと数分かもしれない、
そんな気配がしていてもたってもいられなくなったからだ。
出てみると、右舷側にはかなり大きな氷山が
これまでに見たこともないくらいのところまで接近していた。
ものすごい迫力だった。
思えば、この南極で見たり、聞いたり、感じたりしたことは
いつも、ものすごい迫力で私の心に迫ってきた。
そんなことをあらためて振り返りながら、
非日常が日常だった南極と徐々に離脱していきそうになる自分。
そんな自分を、この巨大氷山は
最後の最後に食い止めてくれた。“… 続きを読む...
こんな日は(vol.114)
視程はさらに悪くなっている。
比較してみるとこんな感じ。
左が昨夜の様子、
右が今朝の様子。
奥のアンテナドームは見えなくなり、
青い建物がかろうじて見える程度になった。
こんな日は、基地の中でこうして過ごす。
それは「うどん」の手打ち(まだ仕込みの段階だが)。
調理のK隊員から指南を受けつつ、
みんなにぎやか、かつ、真剣に挑戦中。
K隊員は、これでいいのかなと思っている私たちを見つけると
「うん、それでいい」
「なんでもやってみたらいい」
と声をかけてくれるのでとても安心させられる。
だが実は、時にはさりげなく、さっと手直しをしてくれるのを私は知っている。
それがとてもさりげないから、誰にも気づかれない。
外は相変わらず猛吹雪が吹き荒れているが、
基地の中ではとてもat homeな風が吹いている。
そのコントラストが印象的だと感じつつ、
このような過ごし方は自然の猛威を知っているからこそなのだろうとも思った。
私がうどん作りに迷わず手を挙げたのは
そんな理由もひとつある。
=追記=
ただし、毎日の継続観測が重要な気象隊員や
VLBI観測を行っている地圏モニタリング
および多目的アンテナ担当隊員は
細心かつ厳重な体制のもとで今も活動を継続している。
<補足 VLBI観測とは>
Very Long Baseline Interferometry
(超 長 基線(電波)干渉法)
というひたすら電波星を追いかける観測とのこと。
その他、通信担当隊員や、機械設備保守担当隊員なども
常時、目を見張ってくれていることを
付け加えておく。念のため。”… 続きを読む...
ブリザードか(vol.113)
今朝からにわかに風が強まってきた。
数日前からの昭和気象台の予報通り、
ブリザード並みの低気圧が接近してきたのだ。
午前中は、東京多摩動物公園と回線を結んでの南極授業だったが、
その頃は風が強くても、
まだなんとか外からの中継ができた。
お昼からは、
これからやってくる低気圧に向けての作業を行うとともに、
第1夏宿にいた隊員は、みんな管理棟に集合となった。
ここでブリザードをやり過ごすのだ。
夕方からは、風速が20mを超え始めた。
横なぐりの吹雪が吹き荒れ、
外の視程は数100m程度。
晴れていれば抜けるような青空のもと
真っ白な氷山が輝くここ昭和基地も
ひとたび風が吹けば
あっという間にこうなってしまう。
これが南極の自然。
これが地球のもつパワー。
“… 続きを読む...
ケルン(vol.112)
昭和基地には、ケルンがある。
一つは、「福島ケルン」と呼ばれる。
第4次観測隊で遭難された福島紳隊員の碑である。
10月10日のことだった。
今日は、ちょうどその10日ということで、
簡略な法要を営ませていただいた。
実家がお寺というだけで
何の修行もしていない私が読経するのは
恐縮の至りであるが、
福島隊員のご冥福と、
今後の越冬のご無事を心から念じさせていただいた。
このあと、参集した隊員たちと記念写真を撮ったが、
それは、家族や親戚が集まるご法事の時の和気あいあいとした光景となんだか重なった。
近くには、南極観測隊最後の樺太犬「ホセ」のケルンがあることを知る。
そこへも立ち寄り、お線香を手向ける。
ホセは、第2次観測隊のときに昭和基地にやってきて、
第17次観測隊のときまで生きていた、”最後の犬”だという。
なお、観測隊とは別に位置づけられているが、
昭和基地の周辺には、もう一つ、「ふじケルン」という石碑があることを付け加えておく。
第15次南極観測隊の支援にあたっていた観測船「ふじ」の乗組員の石碑だそうだ。
“… 続きを読む...
窓からの景色(vol.111)
「俺が知ってるのは、この食堂の窓から見える景色だけだから」
そういって笑わせたのはT隊員だった。
毎日の任務に熱意を注ぎ、
自分の仕事場を必死に切り盛りしているため、
その場から離れることはほとんどない。
その姿は誰もが認めるところであり、
その実力も「すごい」の一言。
そんなT隊員がしばらく食堂の窓際で動かずにいるのを
私は遠くから見ていた。
しばらくしてから、私もその窓際に近づいてみた。
一体、何を見ていたのだろう。。。
そう思って見てみると、
そこに広がっていた景色がこれだった。
相変わらず、すべてが止まっている。
いつものように、雪上車たちが行儀よく並んでいる。
そんな景色も、よく見ると、
凍った海がスクリーンになって、
そこに昭和基地の影が長く伸びていた。
シンボル的な存在の管理棟のガラス天窓だが、
シルエットとして見たのはこれが初めてかも知れない。
また、遠くの氷山はまだ夕日に照らされていて、
心なしか虹色に輝いて見えた。
ははあん、この景色を楽しんでいたのか。。。
と思わず納得した。
私は任務の関係上、
ラングホブデやスカーレンなど比較的多くの野外に出向き、
南極が見せてくれる様々な表情に触れる機会があった方だが、
逆に、こういう基地の美しさを見落としてきたのかもしれない。
その頃、すでに仕事場にもどっていたT隊員に
「窓から見えた景色、きれいでしたね」と言ったとき、
返ってきたのが冒頭の言葉。
「俺が知ってるのは、この食堂の窓から見える景色だけだから」
感性の鋭いT隊員が越冬中に見る景色が気になって
今から目が離せなくなった。
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