脱皮

カマキリの脱皮が始まったのは、
算数の時間がはじまろうとしていた休み時間中のことだった。

虫かごの天井からぶらさがるようにつながっていた体から、
もうひとつ、
乳白色の体が抜け出そうとしていた。
少しずつ体をゆらし、
半分ほど抜けてきていた。

そこで算数の時間となる。
とりあえず、虫かごを教室の中に運びこむ。
そこで考える。
予定通り算数の授業を始めるか、
このまま脱皮の瞬間を眺めるか。

考えながら、
ビデオとカメラとテレビとをセットする。
その間も、
カマキリの脱皮は少しずつ進む。

あ、動いたよ。
もう少しで完全に抜けるよ。
これが草むらの中で起こっているとしたら、
カマキリにとってはキケンがいっぱいなのだろうな。
いや、草むらの方が安全なのかもしれないよ。
がんばれ、がんばれ。
そんな会話が聞こえてくる。

依然、テレビには、
新たな体が離脱していく神秘の光景が映し出されていた。
当然、担任の頭には、
どこで算数の時間を始めようかな、という計算があった。

こんなとき、
つい先日の講演の内容が頭をよぎる。
「脱線」か。

この脱皮も、脱線のうちにはいるのだろうか。

そう思っている最中も、
カマキリの必死の脱皮が続いていた。
担任の迷いも平行して続いていた。

みんなで見つめたあの神秘の世界が、
単なる脱線となるか、
意味ある脱線となるか、
その答えは、やがて、
子どもたちが教えてくれることだろう。

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