母の日

昨日は、母の日だった。
それぞれ、
素敵な母へ、
素敵な日をプレゼントしたようだ。

お料理を作って上げた子、
お手紙を書いた子、
手作りのプレゼントを作った子。。。

そんな話をしながら
新出漢字の練習へと入った。
その中の一つに
「毒」という字が出てきた。

ドク。。。という字の中に
なぜ「母」と似た漢字(ははのかん)が使われているのだろうねえ。。。
と、担任。

それは。。。宿題をしないと。。。だから。。。
それは。。。部屋がちらかっていると。。。だから。。。

そんな、ややひかえめな小さな声たちに混じって、
後の席の方からこんな声が耳に飛び込んできた。

お母さんはね、「これは毒なんだよ」と子どもに教えてくれるから
毒という字の中に母と似た漢字があるんだよ思うよ。

そのご名答に、黒板を書く手が思わず止まってしまった。

そもそも、
ドク。。。という字の中に
なぜ「母」と似た漢字(ははのかん)が使われているのだろうねえ。。。
という担任の問いには、
「薬草を煮つぶして作ったものを子どもを産む女の人が飲んだが、
 それを飲み過ぎると逆に体に悪い」
ということから「毒」になった、
という意味の答えがあった。

しかし、
そんな用意しておいた答えより、
「お母さんは『これは毒なんだ』と子どもに教えてくれるから」
という解釈の方が、
当たっているな、と納得させられる。

これは毒である、と教える母は、
動物の世界でもよく見られるという。
これはいけないことである、と教える母は、
我が子を思っているからこそである。
これは正しくないことである、と教える母は、
痛みを伴っているはずである。

そう考えると、
「これは毒なんだよ」と教えてくれる母には、
やはり感謝しなければならない。
これからは、
個人的にはそっちの解釈を使いたい。
そう考えた母の日(の次の日)。