フィラメント

導線が、一本の輪のようになっていると豆電球が点く。
このことを、
9歳の子どもたちの自然認識の特性を鑑みながら理解していくのが
単元「電気の通り道」。

現在、子どもたちは、
例のお弁当実験箱に、
2ℓペットボトルと
様々な導線代わりの物(針金やアルミホイル)と、
パクパクスイッチ、棒形スイッチ、スライド式スイッチなどを取り付け、
理科工作に没頭している。

そんなある日、
いつも机の上に置いてある双眼実体顕微鏡を指差しながら、
ある子が言った。
「豆電球の中にあるフィ、フィラ、フィラメント?だっけ?
 それを、これ(双眼実体顕微鏡)で見たら。。。。」

そうか、その手があったか!

これまで、導線が回路としてつながっていることが大事ということを、
「導線1本実験」や「教室1周実験」や「1mm実験」など
子どもの問題が成立した場面で、
それぞれに期待感を膨らませながら実験してきた。
そして、このフィラメントもその回路の一部として認識されていた、
とは思う。

そのたびに、イメージ図に表現したり、実際に観察したりして
「確かに電球の中にも電気くんの通り道がある」
「よく見ると、豆電球の中にも導線がある」
などと、そのかなり小さくて、細くて、わかりにくいフィラメントを
意識の上ではクローズアップされてきていた、
とは思う。

しかし、そこにはまだ欠点があったのである。
それは、
このか細い線そのものが、あの光を放っている!
ということが見えない(わからない)。。。。。ということである。

もしも、豆電球を双眼実体顕微鏡で見たとしたら、
細いフィラメントのあのくるくるや、
やや山なりになっている形状が、
はっきりと目に飛び込んでくる。

それだけではない。
それまで、電気の通り道としてのフィラメントだったものが、
単なる電気の通り道としてではなくて、
電気を光というエネルギーに変換するものとして、
目の前で、リアルに体感できる可能性があるのである。

「豆電球の中にあるフィ、フィラ、フィラメント?だっけ?
 それを、これ(双眼実体顕微鏡)で見たら。。。。」
そうか、その手があったか!
*ただし、レンズを通して光を見るのはほどほどに。
(モニターに映すなどしたらよいだろう)

電気の通り道としてのフィラメントが、
電気エネルギーを光エネルギーに代える道具としてのフィラメントに
見えてきたとしたら、
9歳の子どもたちの自然の概念は少し更新されるのかもしれない。
それも、
単元「電気の通り道」か。