5の1編 メダカの成長

5の1編 メダカの成長

2匹のメダカを観察池から捕獲することから始まった
5年理科「メダカの成長」の学習。

本校の観察池には、
いわゆるクロメダカや、
ギンブナやタモロコやドジョウなどが棲息している。

授業の中で、
わざわざメダカを捕獲する活動から行うのには、
それなりの理由がある。


網を手にして水面に向かうと、
メダカというのは群れをなして泳いでいることに気付く。


その群れに網を入れれば簡単にすくえそうなのに、
サッと深く潜り込んで簡単には捕まらないことを知る。


確実に捕まえようとするならば、
水草の石の陰などメダカが身を隠して潜んでいそうな場所を考え出す。


捕まえることに成功すると、もうあと1匹しか捕まえられないことから、
それがオスかメスかが気になり始め、その見分け方を質問し始める。


自分たちが苦労してつかまえた”メダカちゃん”たちだから、
愛着をもって育てたり観察したりする。


よりよく育てようとすればするほど、えさや水やすみかを整えようと
つかまえた場所を何度も訪れ、その棲息環境を丸ごと記憶し再現しようと試みる。

これが、もし、
買ってきたメダカ教材だったらどうなのだろう。


網を手にして水面に向かうこと自体ない。
メダカというのは群れをなして泳いでいることに気付く機会を失う。


その群れに網を入れれば簡単にすくえてしまう。
サッと深く潜り込んで簡単には捕まらないことを知る機会を失う。


確実に捕まえようとする、という必要性すらうまれない。
水草の石の陰などメダカが身を隠して潜んでいそうな場所を考え出す機会を失う。


それがオスかメスかが気になり始め、その見分け方を質問し始める。
これは何とか実現しそうだが、「2匹だけ」という約束を忘れずに。


自分たちが苦労してつかまえた”メダカちゃん”たちではない。
愛着をもった「命」と向き合えるか、あるいは、与えられた「モノ」となるか。


つかまえた場所を何度も訪れるということ自体が無理であり、
現地にフィードバックして、自然から学ぶ機会を失う。
結果、別のソースからその棲息環境を丸ごと記憶し再現しようと試みる。

理科の授業の中で、
わざわざメダカを捕獲する活動から行うのには、
それなりの理由がある。