何かもっている

今日は、音楽会に向けての最終練習。
いつもそう思っているつもりだが、
担任にとって、今日までの過程が音楽会そのものだった。
陸上記録会も、運動会も同様だ。

その最終練習を
一日の生活の中のどこで行うのがよいか。
朝一番からするのがいいか、
しばらくしてからの2時間目くらいにするのがいいか、
給食前の4時間目くらいにするのがいいか、
午後からがいいか、
そんなこともついつい考えてしまうのが担任というもの。

今日の4時間目。
ついに、そのタイミングがきた。
みんなの気持ちが、なんとなくほぐれていて、
のどのちょうしもなんとなくうるおっていて、
全身に入る力も、なんとなくみなぎっていた、
そんな気がしたのが4時間目だった。

その最終練習での歌声には、
何か伝わるものがあった。
これまで越えられそうで越えられなかった何かを
越えたような気がした。
4の1は何かをもっている、
そう思わせるものがあった。

今日までの過程の
最終地点で感じたことがそれだった。

昨日、大学野球屈指の注目投手は、
「何かをもっていると言われ続けてきた。
 自分なりに考えた結果、
 それは仲間です。」
と語ったという。

明日の音楽会では、
4の1の「それ」は何だったのかを
自分なりに考えてみたいと思う。