研修報告

今日の研修は「活用型学力」。
いろんな「活用型」の事例が紹介された。
勉強不足な自分にとっては、
ストレートにフィックスしないことばかり。
だからこそ、研修しなければならないのだと反省。

最近で、自分が「活用」を実感したことといえば、
国語「ありの行列」を学習している時のこと。
単元も終わりに近づいて、
その日は、9段落目の役割についてみんなで考えていた。

「このように」だから、まとめだと思います。
「〜というわけです」だから、「答え」のようなものだと思います。
叙述に即しながら、いくつかの意見がつながった。

ここで授業は収束しかけたように思えた。
担任も、9段落=まとめ・答え ということが
みんなで導き出されることをねらっていたせいかもしれない。

ところが、3の1の学び合う集団の力が発揮されたのは、
そこからだった。

「うん、そうだね。3段落の「はじめに」の所からまとめているんだよね」
「え?ぼくは、「全体」をまとめていると思うよ」
(わいわい、がやがや。)
学級は、にわかに活気づき始めた。

つまり、
9段落は、3段落以降をまとめているのか、
9段落は、全体をまとめているのか、
自分たちが本気で「比較」して思考したくなるものが、
明確になった瞬間が訪れたのである。

みんなの納得をさらっていったのは、次の発言だった。
「9段落が「答え」なのなら、「問い」があるはずだよ」
「そうだよ、音楽でも「問い」と「答え」があったよね」
「1段落目は「なぜ〜でしょうか」だから、ここが「問い」だ」
「そうだね」
「うん、そうだね」

担任は、未だに、なぜ3の1の子供たちが
国語の9段落の役割を考えているときに、
音楽の「問い」と「答え」のことを想起したのか、
しかも、なぜあれほどみんながしっとりと納得しあえたのか、
その思考のメカニズムがわからないでいる。

このような思考の転移がなぜ起こるのか。
その理由はわからないが、
そうなる時には、きまってある傾向が見いだせる。

真剣に、あることについて考えているとき
自分の考えを、何とかもてる力で説明しなければならないとき
与えられたものでなく、強い印象で身に付いている先行経験があるとき
などなど。

このような子供の姿が、
「活用」する力の発揮の具体であると信じている。

ただし、私の場合、
そんなことを実感できる授業は、
年に数回、よくて、学期に2〜3度である。
だから、
そんなめったに出会えないようなものを、今、
全国一律、いつでも、どこでも具現化すべき「活用」ということにしてよいのか
という疑問は多少はある。

それでも、やはり、
このような子供の姿が、
「活用」する力の発揮の具体であると思う。

毎日、授業をしていても、年に数回しか出会えない「活用」の具体。
しかし、だからこそ、
毎日、授業が行われている教室から、
年に数回しか出会えないけれども確かに存在する
「活用」の具体もあるということを発信しなければならないと思った次第。

以上、本日の研修報告まで。

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