授賞式に際して

ノーベル賞授賞式が近づいている。
インタビューでは、
日本人受賞者の方々が、口々に
「自然から学ぶこと」の大切さを語っておられた。
「学び続けること」は何と素晴らしいことかと感じた人は
少なくないはずである。
その境地に至るには
私なぞ、あとどのくらいかかるのかわからない。

その一方で、
世界的な調査のひとつTIMSSの結果・考察が
声高に叫ばれている。
(TIMSS (IEA調査)=算数(数学)と理科の教育到達度を中心に)
(PISA (OECD調査)=知識活用力と課題の解決力を中心に)
日本の理数は3位だとか4位だとか5位だとか。
あるいは、
学力に改善が見られたとか、まだ課題が残るとか。
あるいは、
「ゆとり教育からの転換」がよかったとか、転換してもさほどかわらないとか。

ある番組ではこのようなことも言っていた。(詳細は違うが)
(植物の生育の違いの原因について、
 家で大事に育てたから、など科学的でない根拠で答える子がいる)
(長方形の回りの長さについて、
 縦×横(面積の公式)で答えを導く子がいる)
という事例を挙げながら、
「もっと、じっくり考え、互いに議論し、
 論理的に説明するなどという学習を大切にしなければいけない」と。

その通りだと私も思う。
だが、そのことこそが、
実は、世の中の批判を一身に浴びてきた
「ゆとり教育」のめざすところだった。
「ゆとり」とは本来、そういうことだった。
自然ともっと向き合おう、
自分の疑問を大切にしよう、
とことん追究し、議論しよう、
もっとこうしたらどうなるか試してみよう、と。

今さら何を、である。

少なくとも、
その画面からは、
それまで(ノーベル賞受賞者のインタビューまで)感じていた
「自然から学ぶこと」「学び続けること」とは何と素晴らしいことか
という感じは伝わってこなかった。
それって結果を上げるための方途としての提案?
くらいにしか伝わってこなかったのは残念である。

新学習指導要領実施目前、
「学び残しはありません」などと言っている場合ではない。

新学習指導要領のココロというものをこそ、
ノーベル賞授賞式に臨まれる受賞者の方々の声とともに
考えてみたいと思った次第。

連絡
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