活用

全国学力調査の
いわゆるB問題。
おおざっぱに言ってしまえば
活用の能力を問うというもの。

この活用。
一見、
応用的で、
総合的で、
生活や暮らしに根ざした、
まさに生きる力に見える。
だが、その実、
かなり基礎的で、
基本的な理解こそが土台になっていていることは
誰の目にも明白。
(かつて、大単元的、総合的に学習を計画し、
 痛い目にあった経験のある私のような者は、
 特にそのことを痛感しているはず)

だが、そこからが
このところどうもあやしい。
とりわけ、子供の学習の初期段階を
(あるいは、基礎的・基本的な内容を学習していく場面を)
どのようにおこなっているか、である。

その基礎的・基本的内容をしっかりと学習の中核にすえ
問題解決的に獲得できるようにしていたのは
熟練の先輩教師たち。
教材研究と深い子供理解から
子供が異質なものと出会う瞬間を作りだした。
子供のもつ素朴概念や先行経験とのずれを生かし、
そのずれが、ある時ふっとつながる感覚を大切にした。
知識は単なる記憶でなく、
それまでにないもの学びを創り出す喜びにもなっていた。
このような
異質なものから別の価値が生まれるこの様相に、
「活用」ということの本体があるのではないか。
かつては、それを「感性」とか「創造性」などという言葉で求めていたし、
それを今風に言えば「活用」となるのだろう、
というのが、現時点での個人的な結論。

そんなかつての、「感性」とか「創造性」などという
とてつもなく大きな命題に
果たして我々は答えを出し、
その成果を継承し得ているのだろうか。
今、
「活用」という言葉に変わっていくことに、
「活用」を大上段に掲げていくことに、
まだまだ過去に学ばなければならない自分は、
いささか気がひける。

これからの10年間、
この「活用」という言葉は
授業実践のキーワードの一つとなるに違いない。
その言葉に踊らされることなく、
本質を見極めた着実な問題解決的な学習の中で
異質なものと異質なものが混成されていく
「プチ活用」の場面をよりいっそう具体化し
子供たちと心揺さぶられる授業を創り上げていかなければならないと
自らのふんどしをしめなおしたところ。

また再び、
新たな時代の波というものと
古きよきものとの格闘が始まる
そんな予感。

これから授業が変わるんです、とか、
新しい○○メソッドです、とか言うけれど、
本当にそうなのだろうか。

連絡
宿題  :パワーアップ(理科)
     算数ドリル
持ち物 :
連絡  :明日から4年生はグリーンスクール。
     時間割の変更があるので今一度確認を。

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