南極授業が授業であるために29
昭和基地に太陽光発電の設備があることは、
いかにも、らしい、ことである。
自然エネルギーを活用したり、
できるだけ環境に負担をかけないようにしたりすることは
極域観測の基本的なスタンスなのだから、
そういうことを世間一般にアウトリーチしていくことは、
意味あることだと思われる。
ただ、
南極授業でそういうことを扱うには、
それだけでは、ちと不十分。
つまり、
それがあまりにも、らしい、ことであるだけに、
子どもにとっての「予定不調和」を引き起こさないのである。
「へえ〜すごいね。やっぱりそうなんだね」
になるのが落ちである。
そこには、
ある仕掛けが必要となってくる。
例えば、
「昭和基地には太陽光パネルがある、
南極には極夜といって太陽が全く昇らない季節があるのに。」
という矛盾が存在しているということだ。
この矛盾の存在が
授業の中で
子どもの本気を引き出すかぎとなる。
わかりやすいアウトリーチ活動だけが目的なら、
こんな矛盾なんかない方が、
いいのだろうけれど。
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南極授業が授業であるために28
南極昭和基地のことを調べているうちに
おや?と思うことがいくつかあった。
例えば、
昭和基地には太陽光パネルによる発電設備と
風力による発電設備があるということ。
この2つを比較するだけでも
いくつかの「おや?」が生まれてくるのである。
なぜ、太陽発電と風力発電があるの?
どちらか一つでいいのに。
南極や昭和基地では、
太陽光発電と風力発電のどちらがたくさん発電するの?
折しも、
国内では未曾有の自然災害に見舞われ、
エネルギー問題が大きな課題となっていた。
南極におけるエネルギー問題を考えることは、
未来の地球のエネルギーのあり方にもつながるかもしれない、
そういう思いにも至った。
そこで、ここに迫る授業を構想してみることにした。
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南極授業が授業であるために27
自分の授業には
これといった特徴はない。
あるとすれば、それは、
手作り教材を用いることぐらいだろうか。
ただ、それも、
自分の授業力の足りない部分を
手作り教材の魅力が補ってくれることを
知っているからなのである。
近頃は、
市販の理科実験セットがたくさんそろっている。
なかなか安価で手に入り、
それなりに見栄えもいい。
一方、手作り教材は、
準備に手間も費用もかかり、
見栄えもよろしくない。
それなのに、
子どもの人気は、
圧倒的に手作り教材の方に軍配が上がるのはどうしてだろうか。
その理由は、
未だはっきりとはしないのだが、
南極授業では、
いつものように
手作り教材で勝負しようと思っていた。
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南極授業が授業であるために26
ベテラン研究者と若き研究者の出会いは
偶然だったのか、必然だったのか。
それは、
南極と富山とのご縁だとしか言いようがない。
そういえば、
他にも思い当たることがある。
実は、
このベテラン研究者は
私にこのようなことも語られたのだった。
「この調査の背景には、
それを引き受けてくれた山岳ガイドさんたちの存在があるのです。
危険を省みず、
もてる経験と技術を
惜しみなく発揮していただきました。」
そのお話を聞いて私は、
かつて第1次南極観測隊に参加した
立山山岳ガイド「芦峅五人衆」の姿を重ねた。
昔も今も、変わらない気質で
立山を舞台にご活躍する山岳ガイドさんたちとのご縁が
ここにもあった。
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南極授業が授業であるために25
遠い南極観測と
我ふるさと富山立山の氷河認定。
そこには意外なつながりがあった。
立山の氷河研究については、
前述の学芸員Iさんが
長年、情熱を注ぎ込んで調査をされてきた経緯があった。
しかし、
立山での観測には常に山岳地域特有の危険が伴い、
何百kgにもなる大型の観測機材を持ち込むことは、
困難なことだった。
そこに、若き研究者Hさんとのタッグが組まれる。
Hさんには、南極越冬の経験があった。
そのとき、南極で使用していた
小型で高性能の機材を持ち込めば
立山での観測も可能なのではないかと考えたのだそうだ。
立山をフィールドとするベテラン研究者と
南極経験のある若き研究者との出会いが、
立山氷河認定の大きなエネルギーとなったのである。
この雪上車にとりつけていた機材を立山でも使用したという
写真提供 H隊員より ”… 続きを読む...
南極授業が授業であるために24
9月20日付 南極授業が〜17でも書いた通りだが、
「南極授業」の大きなテーマの一つは、
富山と南極のつながりだ。
そのつながりは、
現存する第1次隊建設の倉庫の存在だけではなかった。
実は、ここ数年で
富山立山連邦に氷河が存在することが認められた。
何世代も前から経験的に「氷河」だろうと言われてきたが、
ここにきて科学的にも「氷河」であることがわかってきたのだ。
世界の中でも、この低緯度に氷河が存在する所は他にない。
もちろん、
南極の、広大で膨大な大きさの氷河とは比べものにならないが、
富山にも、何かしら共通する自然のメカニズムがあるということだ。
「故郷は遠きにありて思うもの。。。」というが、
別に、ほんとうに遠く離れていなくてもよい。
一見すると異質なように見えるものとの「比較」によって
それは、ぐっと近づいて見えてくることがある。“… 続きを読む...
南極授業が授業であるために23
南極授業が授業であるためには
南極そのものから、
南極でないものに向かって、
今回の場合なら、
「富山」という価値に向かって、
変化を遂げていく瞬間が要となる。
そこには第1次観測隊が建設した倉庫の存在があり、
それが今も現存していることを目の前で示す昭和基地からの生中継があり、
それを建設した「佐伯隊員」が目の前のステージ上から自分たちに語りかけてくれているという現実があり、
それらが今、世代を越えて、1万5千kmの距離を越えて、ひとつになっているというわくわく感があった。
これらがうずまいた時間帯を境に、
子ども達の中には
それまでになかった
また新たな概念が形成されていったのではないかと想像する。
新たな概念の形成は、
何かを教えるというスタンスだけでは決してできないことだと思っている。
なぜなら、
概念というのは、
知識のように人から与えられるようなものではなく、
自分でそう感じ得ることでしか得られないものだから。
そうして得られるものがあるからこそ
学ぶことというのは、
そもそも楽しいことなのである。”… 続きを読む...
南極授業が授業であるために22
南極授業なのに、
なぜ富山なのか。
そこが、実は、
南極授業が授業であるために
重要な部分なのである。
南極授業なのに
南極でないことが重要だ、
ということは
おそらく普通は
すんなりとは理解してもらえない部分だと思う。
そもそも授業とは、
誰かに何かを教えてあげる、というものではないはずだ。
もしも、そういう気持ちで授業をしているとしたら、
子どもの前に立つべきではない。
(仮に完璧にそう思えなくても、
そういう気持ちを忘れないで教壇に立とうと心がけるだけでいい。)
それが、授業の基本中の基本。
実は、南極素人の私が、
南極授業をするということに
不安は山ほどあったが、
「南極を教えるために」南極授業をしているわけではない、
という授業の基本だけは
いつも忘れずにいたつもりだった。”… 続きを読む...
南極授業が授業であるために21
「だったら、なぜ富山県人だったのか?」
その新たな疑問に向かって
子どもたちは様々に類推する。
富山県人は勤勉だから。
富山県人は雪に強いから。
富山県人は我慢強いから。
いつの間にか、
子ども達は、
富山県人としての自覚と誇りに
自ら気づいていくのである。
それまで、
「南極」一辺倒だった授業に、
新たな概念「ふるさと富山」という価値が加わわりながら、
授業は、まるで生き物のように姿を変容させていくのである。
そのタイミングで、
満を持して、本物の「佐伯隊員」がご登場された。
50年の時を一瞬のうちに飛び越えて、
まるでタイムマシーンにでも乗ってきたかのような
そんな錯覚に、私は陥っていた。
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南極授業が授業であるために20
第一次日本南極地域観測隊に富山県人が参加していた!
という事実は、
それはそれで大きな驚きであり、
インパクトのある知識や情報である。
しかし、それだけでは、
いわゆる「びっくり教材」の域を出ない。
よりよい授業を目指すならば、ここで、
新たな概念の形成に向けて
子どもたちが自ら歩み出す局面を大事にする。
「〜ということは、こういう場合はどうなのかな」
「〜だったら、なぜそうなるのかな」
などのように動き出す思考である。
では、この南極授業ならば、それは何か。
子どもならば、おそらく、
「だったら、なぜ富山県人だったのか?」
などという思考だろう。
授業者としては、そう踏んだ。”… 続きを読む...